<Header>
<Author: 李白>
<Title: 夢遊天姥吟留別>
<Format: 格式不明>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 夢に天姥に遊ぶ吟　留別>
<BookPage: 189>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
海客談瀛洲，
煙濤微茫信難求。
越人語天姥，
雲霓明滅或可覩。
天姥連天向天橫，
勢拔五嶽掩赤城。
天台四萬八千丈，
對此欲倒東南傾。
我欲因之夢吳越，
一夜飛度鏡湖月。
湖月照我影，
送我至剡溪。
謝公宿處今尚在，
淥水蕩漾清猨啼。
脚著謝公屐，
身登青雲梯。
半壁見海日，
空中聞天雞。
千巖萬轉路不定，
迷花倚石忽已暝。
熊咆龍吟殷巖泉，
慄深林兮驚層巔。
雲青青兮欲雨，
水澹澹兮生煙。
列缺霹靂，
丘巒崩摧。
洞天石扇，
訇然中開。
青冥浩蕩不見底，
日月照耀金銀臺。
霓爲衣兮風爲馬，
雲之君兮紛紛而來下。
虎鼓瑟兮鸞迴車，
仙之人兮列如麻。
忽魂悸以魄動，
怳驚起而長嗟。
惟覺時之枕席，
失向來之煙霞。
世間行樂亦如此，
古來萬事東流水。
別君去時何時還，
且放白鹿青崖間，
須行即騎訪名山。
安能摧眉折腰事權貴？使我不得開心顏。
<End Poem>
<Translation>
海上の旅人は、東海の仙人の島瀛洲のことを、よく話してくれるが、海面に立ちこめるもはや大きな波の彼方にぼんやりとして、そこを尋ねあてることは、まことに難しい。

越の国の人々は、天姥山のことをよく物語っている。高い雲にかかる虹が、見えたり消えたりするあたりに、場合によっては見ることができよう。

天姥山は、天にまでそびえて、天に横たわって見え、その勢いは中国における五つの名山として数えられる山々よりも抜きん出て、赤城山におおいかぶさっている。それに隣接する天台山は、その高さ四万八千丈、この天姥山に向かい合ってみると、東南の方角に倒れて傾きかかろうとしているようすだ。

わたしは、この山によって呉越の国に旅する夢を見ようと思っていたが、ある夜、鏡湖の月のもとに飛んで渡ることができた。

湖の月は、わたしの姿を照らし出して、わたしを送って炎渓まで行かせてくれた。そこには謝霊運公の故居が、現在もまだ残っていて、青く澄んだ水が揺れ動いて、澄んで悲しげな猿の鳴き声がする。

わたしは謝霊運公の屐物をはいて、自身で高山にかかるはしごを登った。絶壁の中ほどで大海に上る太陽を見、空中に天鶏の声を聞いた。きわめて多くの岩や谷を越える山間の道は、不安定で、花の中に迷い込み、石にもたれかかっているうちに、早くも日暮れとなった。

熊がほえ、竜が叫んで、岩の間から流れる水が、雷のように鳴りひびき、それらは深い林をふるわせ、重なり合った山々のいただきにひびきわたる。雲は青みを増して今にも雨を降らせようとしており、水は揺れ動いて、もやを生じている。

いなずまと、激しい雷鳴、そのために、丘も峰も、くずれくだけ、天に通ずる石の扉も、大音響とともに、中から開く。そこには青い空が広々として果てしなく、その底が見えない。太陽と月とが、仙人の住む金銀の楼台を照らしてかがやいているばかりだ。

虹を衣とし、風を馬として、雲の神たちは、大勢で下って来る。そのとき、虎がおおごとを奏し、鸞鳥が車を引いており、お供の仙人たちは、立ち並んで続くこと麻のように多い。わたしは驚いてぽんやりしたまま、たましいがめざめて動き出し、茫然自失したまま、めざめて起きあがり、長いため息をついた。夢からさめた時の枕と寝床には、さきほどの雲霧ただよう山水の景色が消えてしまっただけだった。

世の中の楽しみというものもまた、この夢のようなものであろう。昔から世のすべての物事は、東に向かって流れる水のようなものなのだ。あなたと別れて立ち去れば、いつまた帰ろうか。まあまあ、とにかく、仙人の乗る白い鹿を背いがけのあたりに走らせて、ぜひとも、出発にあたっては、そのままそれにまたがって、天姥山のような名山をたずねることにしよう。どうして、眉を下げ、
腰を曲げる卑屈な態度をとって、権力や地位のある人に仕え、自分自身に晴れやかな表情を失わせるようなことができようか。
<End Translation>